日本書紀には国土創生神による「国産み神話」が残されています。すなわち、日本の国土は天上に住むイザナギノミコトとイザナミノミコトが夫婦の営みによって産み落としたものだとされるお話です。このお話には、当然ながら当時の朝廷が国土として認識していた地域しか登場せず、たとえば北海道や沖縄は朝廷の勢力が及ばなかったためでてきません。
そして同じく大和国家の成立については、神の子孫がこの国を作ったとされる神話(天孫降臨神話)が残されています。最高神・天照大神の孫であるニニギノミコトが高天原(たかまがはら=神々の住む世界)より稲穂の国・高千穂峰(現在の日向付近、すなわち宮崎県のあたりとされる)に降り立ち、その際に天照大神より下界統治の権限を表わす三種の神器を授かったというものです。この三種の神器は国家統治の証として天皇家に代々受け継がれ、国の象徴となり私有財産がなくなったはずの現在でも天皇家の唯一の所有物となっています。
ニニギノミコトのひ孫である神倭磐余毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)は高千穂峰から船に乗って瀬戸内海経由で大和の国に入り、そこで数々の敵を打ち破り、大和地方の民を統一して国家をうちたてました。カムヤマトイワレビコノミコトの家臣として、大伴氏・物部氏をはじめ数々の有力豪族の祖先が登場しますが、大和が豪族の連合国家であることを象徴しています。 そして、国を統一したカムヤマトイワレビコノミコトその人こそが、初代天皇陛下となった神武天皇なのです。神武天皇が即位した年は、上記文献によるとBC660年であるとされています。
歴史学上は、ニニギノミコトはもとより神武天皇も実在の人物ではなく、これらはあくまで「神話」ひらたくいえば「作り話」であるとされています(日本書紀では神武天皇は137歳まで生きたと書かれているが・・・)。実在の天皇は10代目の崇神天皇からであるといわれています。崇神天皇は3世紀後半の人物であり、ハツクニシラススメラノミコトと呼ばれていました。神武天皇も称号としてハツクニシラススメラノミコトと記述されていますが、これはあとから神武神話の形成時にこじつけられたという説が濃厚です。すなわち実在の人物である崇神天皇の伝承を架空人物の神武天皇の話に転化したのでしょう。 ということで、実際は崇神天皇の頃に大和朝廷が成立した(国ができた)というのが現在の説です。また、天皇一族が国を統一する前にもいくつか前身国家があったとする歴史学者もいますので、いずれにしても「万世一系」とする天皇一族の系譜も本当のところはあきらかではありません。大和は連合国家であったので、実際のところは何回かトップの座をめぐる争奪戦が行われた結果、最終的に周りの豪族を平定した人物が即位して崇神天皇となり、のちの朝廷が天皇家の歴史をあとから作って初代から9代までをでっち上げた(伝説を作り上げた)とするのが妥当な線でしょう。天皇一族とその子孫が君主であることを正当化するための理由がほしかったのだと思われます。
この天孫降臨神話および神武東征神話により、天皇家が国家の頂点に君臨することが神から与えられた神聖にして不可侵な権限であるということが示されたのであります。すなわち、日本土着の宗教である神道は、天皇を神の系譜(現人神)として崇める宗教なのです。
また、神道は多神教の宗教であり、天上界はもとより、世の中に実在するあらゆる物にもそれを統括する神がいるとされています。八百万(やおよろず)とは、「きわめてたくさん」すなわち無限の数を意味する日本語です。大まかな分類として天つ神(天上界にすむ神)と国つ神(現世にすむ神)があり、天つ神のほうがより上位に位置付けられています。もちろん天皇家は天孫降臨神話にあるように天つ神の子孫ですが、神武天皇とその父親は国つ神である海神の娘を母親にもっており、国つ神の子孫でもあります。
また神道では、人が死ぬと神格をもつともされており、実在の人物が神として奉られることもめずらしくありません。平将門や、学問の神様といわれる大宰府天満宮の菅原道真、また乃木神社の乃木将軍(日清・日露戦争で功を立てた陸軍大将)などがその例です。靖国神社では戦没者を国の守護神として奉っています。
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