餅鯛稲荷大明神  もちたいいなりだいみょうじん 「神道を知る文献・資料」


神道を知る文献・資料 1
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(” 太宰府天満宮 ”より)

「神道」って一体なんだろう?


 神道は、古代日本に自然発生した信仰生活が発達したものです。したがって現在でも、教義や教典といったものは、特にありません。『万葉集』には「神ながら(神道のこと)言挙(ことあ)げせぬ」と記されています。「言挙げ」は「興言」とも書き、「声に出して言う」とか「理論だてる」ということですが、神道はそういうことをあえてしないのだと語っているのです。「言挙げせぬ」ということは、教義や教典を持たないのと同時に、ことに布教活動といったものも行わないことです。日本民族の中から自然に発生した神観念と、それに伴う祭祀儀礼が始まりですから、教祖も存在しません。ここが他の宗教との決定的な差異です。

では、神道における信仰とは、いったいどのようなものでしょう。それは、神々の存在に「あるがままに」触れ、感じることといえるかもしれません。神道の神は、キリスト教の神(ゴッド)のような創造主、唯一絶対神ではありません。江戸時代の儒学者新井白石は、語源的な意味から「神」は「上」なりとした説を主張しました。また本居宣長(もとおりのりなが)は、神とは「尋常(よのつね)ならずすぐれて徳(こと)のあるもの」で畏敬を感じるようなものであると考えました。そして、そのようなものは、人間でも自然でもすべて神となるのです。

 その神は、皇祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)を中心として、海、山、川、農耕、狩猟、動植物などさまざまなものがあります。この神々のはたらきによって、人々、自然のすべてが生じたのです。伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神は国を生み、さらに農業の神、山の神、食物の神など三十五の神を生みました。さらにその子孫が多くの神々を生んだのです。もちろん、人間も神が生んだ、神々の子孫となります。私たち人間は神に対して「ヒト」と呼ばれます。これは語源的に見ると「霊(ひ)のとどまるところ」という意味です。私たちの中には霊が宿っているのです。そして、動植物、山、川、空などすべてに魂が宿っています。自然にも人間にも神が宿っていると考えられるのはこのためです。そして、産霊(むすび)によって、神々と人間、自然が結びついているということになります。

 自分の生命と霊魂は、生んでくれた親からもらったもの、さらにその祖先から受け継いだものです。祖先もそれらを祖霊から受け継いでいます。また、自然の神も私たち人間を生み育ててくれています。つまり、すべて元は神々の世界につながります。子−親−祖父母−祖先−神という関係です。神々と一つにつながっている私たち人間は、神々と同様にこの世界を修理固成 (つくりかためなす)[(神々の言依(ことよ)さしによって、この国を清新に保ち秩序を建設すること)] していかなければなりません。

 
抜穂祭  それは、何かのお祈りをしたりといった、特に宗教的な行為ではありません。日常の生活を精いっぱい充実して生きることと、神道では考えています。神々の命令である「言依さし」を承り、神々になりかわって修理固成をすることが、私たち人間の信仰生活です。一定の期日と場所を決めて、このことをきちんと果たしましたと報告することが、神道の祭祀(さいし)の根本だったのです。たとえば、新嘗祭(にいなめさい)とは、「農事を無事につとめました」ということを、その年にとれた作物の奉納とともに報告するお祭です。農事や猟が無事にすんだことや、家族が平和に暮らせたのも、神々や自然、そして自分たちを生んでくれた祖先たちのおかげだからです。つまり、神道でいう信仰とは、私たちが神々を敬い感謝する心を忘れずに、日々の生活をまじめに過ごすことなのです。




(”京都の歴史”より)

神社の歴史(概略)



神社の源流は、弥生時代から古墳時代にかけての農耕文化に求めることができる。
それぞれのクニで首長を中心に、カミガミ(山のカミ、田のカミ、水のカミなど)を特定の場所(依代)に迎え、そして送る儀礼が行われた。
依代が山の場合には、神奈備(かんなび)、神体山、岩や石の場合には磐座(いわくら)、磐境(いわさか)、樹木や枝の場合には神籬(ひもろぎ)と言われる。また依代が水源地、滝、海中の島の場合などもあった。(依代自身がカミと称される場合もあった)。

飛鳥時代後期の天武天皇の頃、律令制度のもと神祇制度が確立した。天皇を天照大神の天孫とし、祭祀権を掌握し、全国の神社を官社として国家の中に取り込んでいった。
この頃、編纂され始めた『日本書紀』には、用明天皇記に「天皇信仏法尊神道」とあり、仏教と区別して「神道」の語が初めて使われた。この頃をもって神道は成立したと言える。

飛鳥後期から奈良時代にかけて、仏教の寺院建築の影響を受けて、京都でも有力氏族によって、社殿が建立されていった。賀茂氏による賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社)、秦氏による松尾社と伏見稲荷社などである。

平安京遷都によって、王城の鎮守社となったのは、賀茂社だった。賀茂社は氏族の社から国家の社となり、伊勢神宮に次ぐ社格が与えられた。

平安中期以降、天皇家、藤原氏などの有力氏族と関係の深い神社のみ奉幣する体制、二十二社制に変更された。
10Cまでに、伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、大神、石上、大和、住吉、広瀬、龍田、丹生川上、貴船が慣例化された。
11Cまでには、広田、吉田、梅宮、北野、祇園、そして日吉が加えられた。

中世以降、神仏習合化が進んでいった。
早くには奈良時代から始まり、初期の現象は神身離脱と言われる。神も人と同じく苦の身を脱し仏に救われることを願っているとする説で、全国の神社に神宮寺が置かれ、神職より僧侶の方が力を持った。
平安後期より、本地垂迹説が生じ、真言宗系からは両部神道、天台宗系からは山王神道の思想が生まれた。
中世後期になると、逆に反本地垂迹説が現れ、吉田神道が生まれた。

近世になると、幕府の庇護のもと、吉田神道は神職許可証の発行が認められ、僧侶の支配を受けない全国の神社を掌握していった。
思想面では、儒教が興隆し、儒家に影響を受けた儒家神道、垂加神道が現れた。
近世後期には、国学が生じ、そこから復古神道が現れ、明治維新のイデオロギーとなった。

(参考文献)
神道 (図解雑学)/井上 順孝・編/ナツメ社
(いまだに国家神道的な発想の本が多いが、客観的に解説されている)
神道―日本生まれの宗教システム (ワードマップ) (ワードマップ)/井上 順孝・編/新曜社
(上書と同じ編者。構成も似て、上書より中身の濃い本になっている)







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