餅鯛稲荷大明神  もちたいいなりだいみょうじん 「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」



国常立尊(くにのとこたちのみこと) 国土に恒久にとどまる根源神

国常立尊トップ 国常立尊とは 国常立尊資料



(”日本國史略”より)

天地陰陽未だ剖判(開闢)せず,渾沌たる雛卵の如し。
溟A(メイケイ)(自然の氣)して牙を含めり。
乃ち清輕なるは、ハク歴(ハクレキ)(あまねく廣く被う)而して天と爲り、
重濁なるは淹滞し、地と爲る。
神聖の其の中に生ずる有り。
國常立尊(クニトコタチノミコト)と號す。
又、天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)と曰す。
開闢元始の天神也。



(””より)


書き下し文
日本書紀 巻第一

神代上(かみよのかみのまき)

 古(いにしへ)に天地(あめつち)未だ剖(わか)れず、陰陽(めを)分れざりしとき、
渾沌(まろか)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、
溟(ほのか)にして牙(きざし)を含(ふふ)めり。
其れ清陽(すみあきらか)なるものは、薄靡(たなび)きて天(あめ)と為り、
重濁(おもくにご)れるものは、淹帯(つつ)ゐて地(つち)と為るに及びて、
精妙(くはしくたへ)なるが合へるは摶(むらが)り易く、
重濁れるが凝(こ)りたるは竭(かたま)り難し。
故(かれ)、天先(ま)づ成りて地後(のち)に定(さだま)る。
然して後に、神聖(かみ)、其の中に生(あ)れます。
故曰はく、開闢(あめつちひら)くる初(はじめ)に、洲壌(くにつち)の浮(うか)れ漂へること、
譬(たと)へば、游魚(あそぶいを)の水上(みづのうへ)に浮けるが猶し。
時に、天地の中に一物(ひとつのもの)生(な)れり。状(かたち)葦牙(あしかび)の如し。
便(すなは)ち神と化為(な)る。 国常立尊(くにのとこたちのみこと)と号(まう)す。

至りて貴(たふと)きをば尊(そん)と曰(い)ふ。自余(これよりあまり)とば命(めい)と曰ふ。
並(ならび)に美挙等(みこと)と訓(い)ふ。下皆此(しもみなこれ)に効(なら)へ。



(訳文)

日本書紀 巻第一

神代上(かみよのかみのまき)

 太古、天地が未だ分れていない時、そしてまた陰陽も別れていなかった時、
渾沌としてまるで鶏卵のように形が定まっていない時、
自然の気が集まって物の兆しが含まれるようになった。
その清く輝いているものはたなびいて天となり、重く濁っているものは、
積もり固まって地となったが、
清く輝くものは集まりやすく、重く濁ったものは固まり難かった。
だから天がまず生じて、地は後に定まった。
そしてその後に神が生まれた。
だから次のような伝承がある、
天地が生まれる初め、国土がまだ浮かれ漂う様は、
例えると遊魚が水上で浮いているようだった。
その時に天地の中に、一つの物が生じた。その形は葦の芽のようだった。
それは神となった。名を
国常立尊(くにのとこたちのみこと)と言う。

非常に貴いことを尊(そん)という。それ以外は命(めい)という。他に美挙等(みこと)と表す。以下全てこれに従う。


(”本地垂迹資料便覧”より)

玉置

玉置神社 奈良県吉野郡十津川村玉置川 旧・郷社
現在の祭神
玉置神社 国常立尊・伊弉諾尊・伊弉冊尊・天照大神・神日本磐余彦尊(神武天皇)
摂社・三柱神社 倉稲魂神・天御柱神・国御柱神
末社・若宮社 八幡大神・春日大神・住吉大神
末社・神武社 訶遇突智神・早玉男神・高倉下神
垂迹 本地
玉置山三所権現 国常立尊 勝軍地蔵
伊弉諾尊 毘沙門天
伊弉冊尊 千手観音
三狐神 倉稲魂神 十一面観音
天御柱神 阿弥陀如来
国御柱神 薬師如来
若宮 天照 大日如来(胎蔵)
八幡 阿弥陀如来
春日 文殊菩薩
白山社 聖観音
神武社 大日如来(金剛界)

「玉置山権現縁起」

子守三所者 蔵王子守勝手也。
先ツ蔵王権現ハ金輪聖王七代孫子波羅奈国王也。神ト成リ人ト成リ 衆生利益ノ為 王舎城之砌檀特山ノ脚ニ蔵王三所ト顕レ給フ。(中略)三所者 過去ノ釈迦七百四十五年利生ヲ示シ 現在ノ千手一千年利生ヲ示シ給フ 当来ノ弥勒七百四十五年利生ヲ示シ給フ垂跡ノ始ハ神武天皇五十八年戊午歳十二月夜半ナリ雅顕長者之謂ニ依ル。
(中略)
次ニ子守勝手者地蔵菩薩毘沙門天王垂跡也。或云、子守ハ地蔵菩薩勝手ハ勢至菩薩云々凡子守三所者法俗女ノ三躰也。正躰女躰一切衆生ニ於テ悲母一子之慈悲ヲ垂ル次ノ俗躰法躰 或ハ降伏諸魔之躰ヲ現シ 或ハ衆生ノ成仏之相ヲ示ス。是則盧遮那仏之同躰済生利物之分身ナル者哉。垂跡之因縁ヲ尋レバ今ハ昔土佐州ニ一人之女人有リ又伊予国ニ一人之男有リ夫妻ト成リ年序ヲ経テ所生ノ男子四十八人有リ。夫ノ男出雲国ニ行。盛ナル子一人ヲ相具足ス。日ヲ歴月ヲ経相待モ来ズ。母ニ相随順スル子四十七人。其三十九人ハ俗ト成ル。残ル八人者童子也。(中略)母子共ニ相議リ云々金峯山ト云所在 役行者ト申聖人坐ス行テ利益ニ預ラント云 則彼所ニ趣ク(中略)行者ナリト心得テ事ノ由来ヲ申ス。行者答云我ハ今南山ヨリ葛木ニ行テ閼伽ヲ備フ可シ暫ク相待ツ可シト云々仍石上ニ立テ相待之程ニ三年之星霜ヲ送後ニ行者来リ給フ。汝等ノ志深シテ感嘆シ給フ相具シテ金峯山ニ登リ太郎金精大明神ヲハ地主ト為トシテ修行門ニ留置ク残四十六人ハ山上ニ登ル。此山広シ。修行者ヲシテ守護トテ令八人之童子ヲハ峯中八所ニ之ヲ置ク。残三十八人ハ一躰同心ニシテ天下ヲ守護ス可シト云々母者大峯之中心玉置ト云所ニ居住ス可シ云々爰ニ夫ノ勝手此由ヲ聞キ尋来レリ。
(中略)
子守ハ母 勝手ハ父 金精大明神ハ太郎 三十八所ハ数子 八大童子八人童形 若宮ハ父ニ相具スル子 以上父母并四十八人子也。
子守御前ハ女躰持如意宝珠仍額ニ三弁宝珠ヲ銘ス也。勝手大明神ハ一鳥居発心門ニ住左手腰ヲ押シ右手太刀ヲ抜而甲冑ヲ着 金精大明神ハ本地大日如来二鳥居修行門ニ住ス。 金峯山ノ地主金神ヲ司ドル也。俗形束帯ニ而帯ニ太刀ヲ給フ
三十八所 衣冠俗形翁老躰女形
三十八所者日本国有勢上七社中七社下七社諸神并大和国所住大神合三十八所ノ神也。本地金剛界三十七尊胎蔵界大日合三十八躰也。
若宮 童子形本地文殊一鳥居ニ住ス。
八大金剛童子 (中略)
第一剣増童子 禅師宿 号持咒擁護閃光童子 阿?仏垂跡(中略)
第二後世童子 多和宿 号諸教行者守護童子 獅子音仏垂跡(中略)
第三虚空童子 笙石宿 号無生遍照愛光童子 虚空住仏垂跡(中略)
第四剣光童子 篠宿 号持戒護持眼光童子 帝相仏垂跡(中略)
第五悪除童子 玉置宿 号障乱諸魔降伏童子 阿弥陀如来垂跡(中略)
第六高精童子 神仙宿 号虚空遍普常光童子 栴檀香仏垂跡(中略)
第七慈悲童子 水飲宿 号大乗常護普光童子 雲自在王仏垂跡(中略)
第八除魔童子 吹越宿 号業障消除自在童子 釈迦如来垂跡(中略)
白山権現 是伊弉諾伊弉冊尊垂跡熊野同躰ノ神也(中略)
三狐神 所謂天狐地狐人狐也。於新宮者飛鳥ニ住。則漢司符将軍之妻室。三大明神之母也。権現之御氏人千与定子。嫡子雅顕長者。次男長寛長者ハ今飛鳥大行事ナリ其子地平符将軍。其子漢司符将軍。鎮西彦山ニ於テ上津河原大明神ト号ス 新宮ニ於テ牛鼻大明神ト号ス本地毘沙門 其子三大明神者榎本直俊本地不動、宇井基成本地大日、鈴木基行本地毘沙門天王也。
(中略)
天狐王之形躰本地大聖歓喜天?天三面六臂六足正面観音右面天狐面左面地狐面第一左手持弓箭第二左手按腰右手持三鈷第三左手持髑髏指杖右手宝棒持向下左足踏己男之胸挙二足屈右一足ハ地ヲ踏二足ハ挙之皆鳥之足ノ如シ

佐藤虎雄「玉置山」

玉置山の信仰 其一 神祇関係

玉置山は神武天皇東征の途上と伝承されている。天皇の熊野より大和に入られたコースは諸所に伝えられているが、十津川を経由したとすれば、玉置山に祭祀せられたことが想像せられる。天皇が天神より十種神宝を授与せられたので、これをその地に祀り地を玉置の峯と名づけたことを伝えている。
(中略)
かかる伝承に因んだものか、玉置神社には神日本磐余彦が配祀されている。しかしこれは何時頃から祀られたものであろうか。『玉置山縁起』『玉置山権現縁起』には見えていないが、『玉置山三所権現両部習合之巻』には神武社が記されて金剛界の大日如来を本地としているから、神仏習合の時代には既に祀られていたものと見える。
(中略)

一般には玉置神社は古来十津川郷中の祖神を祀り、また十津川全郷の総鎮守となされ、玉置三所皇大神或は玉置三所大神と崇められている。この三所は国常立尊・伊弉諾尊・伊弉冊尊の三柱で諸縁起の一致するところで、鎌倉時代末には既に称えられていたものであろう。『玉置山縁起』には草創由来の中に三柱の神を述べ、右三社は一殿にこれを祀ると記してある。

往古の状を見るに『玉置山縁起』によれば本社の外に、三狐神社・玉石社・若宮・六所宮が祭られている。三狐神社は倉稲魂神・天御柱神・国御柱神を祭り、ここに風の神を見るは注意すべく稲荷の俗信仰が篤くなると本社に次いで重んぜられた。玉石社は地主神で大己貴命を祀るが、社殿の無いのが注目される。白山社には菊理媛命を、若宮には大山祇命を、六所宮には子守・勝手・蔵王・伊勢・春日・住吉の諸神を祀つている。

玉置山の信仰 其二 仏教関係

玉置山は山嶽仏教の霊場と讃えられ円珍(智証大師)が那智より来つてこの山を開いたと伝えられている。
(中略)
中古仏教弘まり、両部習合の教説により玉置山にも仏堂が建てられ、その主要なるは大日堂と不動堂とであった。『玉置山縁起』には両部大日堂が見え、『玉置山権現縁起』には大日堂之事を詳記している。即ち玉置の大日堂は役行者の草創にして胎金両部の大日如来像を安置し、一体は行者自作、一体は弘法大師の聖造としている。
(中略)
次に『玉置山縁起』によれば不動堂があつて伝教大師作という不動明王を安置し、ここに護摩が修せられた。
(中略)

玉置山は密教の霊場となつた関係からして、玉に因んで如意宝珠埋納の信仰がある。
(中略)
玉置山で如意宝珠を埋めた遺跡としては、玉石神社・大日堂等と説かれている。玉石神社は前述の如く玉石を神体として社殿なく、地主神にして玉置山の奥院とも云われる霊地で、その名称から云つてもこの辺りが如意宝珠埋納の伝に最もふさわしい。
(中略)
大日堂は役行者が如意宝珠を安置するために奉造したものであるという。且つ宝珠は大日如来の所変であり、役行者は釈迦如来の垂跡であると説いている。

本地垂跡の理によつて玉置の両部大日は伊勢内宮・外宮の本地と説かれ、また玉置の諸神にも本地仏が定められ『輿地通志』には諸社と共に本地仏刹を記している。『玉置山縁起』には本社・三狐神社・若宮・白山社について、明治維新の取調伺書には本社・若宮・六所社・三狐神社について、それぞれ本地仏を記している。
 本社 国常立尊(将軍地蔵) 伊弉諾尊(毘沙門天) 伊弉冊尊(千手観音)
 若宮社 天照大神(胎蔵界大日) 八幡大神(阿弥陀) 春日明神(文殊)
 三狐社 稲倉魂神(十一面観音) 天御柱神(阿弥陀) 国御柱神(薬師)
(中略)
白山権現については『玉置山縁起』には聖観音と云つているが『玉置山権現縁起』には「伊弉諾・伊弉冊尊垂跡熊野同体也」と記し熊野との関連を思わしめ、三狐神については「三狐神本地之事有極秘口伝」と記してその霊験の特殊性を閃めかしている。





国常立尊トップ 国常立尊とは 国常立尊資料






餅鯛稲荷大明神
トップページ


稲荷大神秘文

伊勢外宮神前祝詞

稲荷五社大神祓

稲荷祝詞

稲荷心経・奉讃文

稲荷和讃

稲荷神拝歌

祓詞・大祓詞

稲荷御祭神の知識

国常立尊

豊受大神

飯縄権現

御神璽勧請

家庭の祭祀

願掛け作法

祭祀の作法

言霊詩歌

感応詩歌

祝詞(のりと)大全集

加持祈祷秘密大全

神道を知る文献

リンク集






餅鯛稲荷大明神

相場師鑑三昧境

安般守意 益気森林浴

一心称名 念彼観音力

しあわせ呼ぶ心
しあわせの心得


若返り(アンチエイジング・
抗加齢・抗老化)のために


これで安心これで安全
防犯・防災・セキュリティ


JKA(社)日本空手協会
空手道新教程




餅鯛稲荷大明神  もちたいいなりだいみょうじん 「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」



セコム・ホームセキュリティ 防犯・防災・セキュリティからボディーガードへ2