安般守意 益気森林浴 あんぱんしゅいえっきしんりんよく 「森林浴 森(杜)のおはなし」



森林浴 森(杜)のおはなし
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森林浴の「癒し効果」 森(杜)のおはなし 森林浴の起源と効果



(”神青協通信”より)
森(杜)のおはなし

いま、森は様々な方面から見直されています。
地球温暖化という大きな問題では、森が呼吸する二酸化炭素の豊富さが注目されています。
森はまた、いっときに降った雨を土壌に貯めておくことができます。
それにより、洪水や山崩れを防止したり、渇水の緩和にも大きな役割を果たしています。
「森は海の恋人」という言葉を聞いたことがありますか?森が荒れると川が汚れ、流れ込む海をダメにしてしまう。
そんな密接な関係を表しています。
海の豊かさを守るためにも木を植える、ということになるわけです。
この他、森の物理的効用としては防風・防雪・騒音防止・水の浄化などが挙げられますが、ちょっと変わったところでは、人体への有益な効用も見逃せません。
日光浴・海水浴は文字通り日光・海水を浴びることですが、森林浴って一体何を浴びることでしょう? 
そうです。
最近よく耳にする「フィトンチッド」です。
フィトンチッドは、それを作り出した樹木が自分を護るための成分のこと。
他の植物の成長を妨げたり、昆虫や動物に葉や幹を食べられないように、また病害菌に感染しないように殺虫、殺菌を行うなど多くの働きをしています。
名は体を表すもので、フィトン(植物が)チッド(殺す)と物騒です。
ところがこのフィトンチッド、人にはとても有益です。
消臭・防腐・殺菌作用は私達の生活に昔から大いに役立ってくれています。
家具や建材に用いて白アリやカビを寄せ付けず、食生活に用いて抗菌・酸化防止の用を為しています。
森林浴の清々しさはフィトンチッドが自律神経を安定させるからと考えられています。
肝機能を改善したり快眠をもたらすとも言われています。

さて「鎮守の森」です。
鎮守の森とは神様のいらっしゃる神社の森のことを言います。
私達の祖先は、これまで見てきたような森の効用を経験的に或いは直感的に知っていたのでしょう、森をとても大切にしてきました。
生態学の先生のお話では、「自然には比較的強いほっぺたのような自然と、眼球のようにつついたら潰れてしまう触ってはいけない自然とがある」のだそうです。
「この樹を切ったらバチがあたる」という言い方がありますが、バチがあたるかどうかはともかく、触れてはいけない自然をそのような言い伝えによって守ってきたのかも知れません。
生活の場として自然を開発をし、田畑をつくり住居をつくりはするけれども、開発し尽くさないで聖なる場を残しておいた。
そこに行けば心の疲れが癒されて清々しい気持ちになれる。
そこに行けば自分が切り離された独りではなく、様々な存在との繋がりのなかで生かされていることを思い出せる。
触れてはいけない自然を象徴するかたちで、鎮守の森という聖なる空間を護り育ててきたのでしょう。
ここに私達は祖先の絶妙なバランス感覚や英知を感じずにはいられません。
人は便利さや効率だけでは落ち着けない、不合理なところをもっています。
言葉や形に表しきれないその部分を、私達はここしばらく、随分脇へ追いやってしまっていたような気がします。
どうやら鎮守の森は、新しい街のブランコや砂場のある公園とは違うようですね。
いかがでしょう。
今度、鎮守の森にお参りする時は、心を静かにして空気の流れや、光の具合を感じ、耳をすませて鳥の声を楽しみながらいつもよりゆっくりと参道をすすんでみる。
ちょっと気になるあの木に触れてみる。生命たちの息づかいが聞こえてくるかもしれません。
気持ち良さそうでしょ。

八百万の神

日本人は水や木や岩、海や山などには神様が宿っていると考えていました。
また風や雷(神鳴り)などの自然現象は、単なる物理的現象と捉えるのでなく、そこに不可思議な生命力を感じそれもまた神様と感じたのです。
その様なわけで沢山の神々がいらしゃり、沢山のと言う意味で八百万(やおよろず)の神といいます。




(” 森林セラピーポータル ”より)

森の力がこころと身体を癒す
今、その効果に高い注目が集まっている「森林セラピー」。森の持つ力の研究が進み、癒し効果の高い森が「森林セラピー基地」として認定されるなど、ますます身近なものとなってきたこの「森林セラピー」とは、いったいどんなものなのでしょう。

「森林浴」から一歩進んだ「森林セラピー」

森に足を踏み入れると、一面に緑が覆い、木々や土が香り、森に息づくいのちや力を感じることができます。そしてその力は私たちを癒し、リラックスさせてくれます。

森林の持つこれらの効果は、これまでも「森林浴」として親しまれてきました。しかし、その効果については感覚的に語られてきたにすぎませんでした。一方で、現代社会ではストレスが大きな問題になっており、さまざまなストレス解消方法が求められるようになっています。そこで、この「森林浴」の効果を科学的に解明し、こころと身体の健康に活かそうという試みが「森林浴」から一歩進んだ「森林セラピー」なのです。

この研究のために産・官・学が連携して発足した「森林セラピー研究会」では、森林のもつ「癒し」効果の科学的解明や、森林の「癒し」効果の活用方法等に関する研究などを進めています。

さらに、この研究会の成果を踏まえて、具体的な森林のフィールドでの実践を普及することを目的として創設された「森林セラピー実行委員会」では、生理・心理・物理実験等により、「癒し」効果の検証等がなされた森を「森林セラピー基地」「森林セラピーロード」として認定しています。全国で安心して森林セラピーを楽しめるフィールドが各地で認定されることで、「森林セラピー 」の活動は徐々に浸透し、広がりをみせています。

「森林浴」がからだにいい理由

人類の誕生からずいぶん長い間、人々は自然の中で生活をしていました。現代では都市を中心に生活する人が増えていますが、人工的な環境の中での生活は、気付かぬうちに、さまざまなストレスを生んでいます。自然の中で生きてきた人間にとって、森林浴をするということは“人に適した優しい環境の中に身を置く”ということなのです。
このことを考えると、森林浴で気持ちがリラックスすることはもちろん、実際に身体の免疫力が上がり、血圧が低下するなどの科学的な効果が見られることも、ごく自然なことだと言えるのです。




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森林浴の起源と効果

森林浴「癒し効果」

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(” Japan on the Globe 国際派日本人養成講座 ”より)

国柄探訪:「鎮守の森」を世界へ
鎮守の森から学んだ最新生態学理論で宮脇昭は 国内外のふるさとの森づくりを進めている。
■■■■ H17.04.10 ■■ 32,949 Copies ■■ 1,550,266 Views■

■1.神戸を護ったふるさとの木々■
 ヘリコプターの下には震災後の神戸の街の惨状が広がってい た。ちょうど子供の頃に見た、戦争直後の東京や横浜の焼け野 原を宮脇は思い出していた。  しかし、よく見ると、所々に緑のかたまりが見える。小公園 の小さな樹林や神社の森がそのまま残っているではないか。神 社のコンクリートの鳥居が傾き、社殿が倒壊しているのに、鎮 守の森の木々は一本も倒れていない。そこには難を逃れた人び とが集まっていた。  埋め立て地のヘリポートに着陸し、タクシーで長田区に入っ た。猛火に焼けただれた鉄の塊の間で、少女とその父親らしき 人が一生懸命に手で土を掘っている。母親の遺骨を探している ようだ。しかし神戸に多いアラカシの並木の裏にあるアパート は、並木が火を食い止め、延焼を免れていた。  多くの家が猫もはい出せないくらいペシャンコになっている のに、そばに土地本来のカシノキやシイノキが一、二本あった ところでは、傾いた家の屋根がひっかかり、完全な倒壊を免れ ていた。これで助かった人たちもいただろう。  高級住宅が張り付いている六甲の急斜面では、岩石のかけら 一つ落ちていなかった。アラカシやモチノキ、ヤブツバキなど の常緑広葉樹が深く根を張って土砂崩れを防いでいたのだ。

■2.「現存植生」と「潜在自然植生」■
「その土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐え て生き延びる。災害対策の意味からも、それぞれの地域の主役 となる木を中心に森を作るべきだ」。横浜国立大学環境科学研 究センター教授・宮脇昭はこう主張してきた。神戸での光景に、 宮脇は驚くと共に、自分の説が間違っていなかったと確信した。  1958年から2年間、宮脇はドイツ・国立植生図研究所のチュ クセン教授について植物社会学を学んだ。教授と共にヨーロッ パ各地の植生を徹底的に現地調査しながら、「現存植生」と 「潜在自然植生」を研究した。「現存植生」とは現在、その地 にある植物群落であり、長年の人間の活動に影響されていて、 その土地本来の植物群落である「潜在自然植生」とは異なって いる事が多い。  たとえば日本の本来の「潜在自然植生」は、冬も緑のシイ、 タブノキ、カシ類など広葉樹林である。ところが現在、我々が よく見る森とはスギ、ヒノキ、マツの針葉樹林である。これら はもともと広葉樹よりも生命力が劣っていたので、尾根筋、急 斜面、谷筋など広葉樹のすき間に自生していた。ところが、戦 後、急速な住宅建設の必要に迫られ、早く育つスギ、ヒノキ、 マツ類の画一的造林が進められて、全国に広まった。

■3.「鎮守の森」こそ日本の「潜在自然植生」■
 その土地本来の植生とは異なる、生命力の弱い種に植え替え たつけは大きかった。マツはマツクイムシに赤茶け、さらには 樹幹が白骨のようになって枯死する。瀬戸内海沿岸などで春先 に何日も山火事が続くのはほとんどマツ林である。カラマツ植 林地は根が浅いために、台風のあとは根こそぎ倒れてしまう。 また生命力の弱いスギは子孫を残そうと一生懸命、花粉をばら まき、多くの人を花粉症で悩ませる。  帰国を目前に控えて、日本列島の本来の「自然植生」とは何 かと考え始めた宮脇の心にふと浮かんだのが、子供の頃、ふる さとの岡山・御前神社の秋祭りの光景だった。夜中の1時から 始まる神楽(かぐら)を見に、人びとが集まってくる。神楽が 終わり境内に出ると、大きな木々が暗闇の中に浮かび上がる。  黒く太い枝が子供だった宮脇の頭上に覆いかぶさってくる。 その神々しさに身震いをした感覚は今も身体に残っている。も しかしたら、「鎮守の森」こそが日本古来からの森であり、潜 在自然植生なのではないか。  しかし、日本の研究者の間では宮脇の考えは理解されなかっ た。そもそも潜在自然植生という言葉すら、ほとんど知られて いなかったのだ。しかし環境問題が急速の表面化するに従って、 宮脇は企業などから講演を求められるようになった。

■4.「製鉄所のまわりに森を作りたい」■
 昭和46(1971)年4月、宮脇は新日鐵の環境管理室から電話 を受けた。その前週に宮脇が経団連で行った講演に感銘したの で、「先生のおっしゃる森を製鉄所の周りにつくりたい」と協 力を依頼してきたのだった。当時は全国の製鉄所が、騒音、粉 塵、排水などの問題で周辺住民との軋轢を抱えていた。  ほどなく新日鐵の全10カ所の製鉄所で森づくりが始まった。 その一つ、名古屋工場では幅100メートル、長さ5キロの森 が工場を取り囲むという規模である。埋め立て地のため、3メ ートルから5メートルの盛り土が必要であった。莫大な予算が かかる。経営陣のよほど強い意思があったのだろう。  北九州の八幡製鐵所では一騒動あった。宮脇が現地調査をし て、潜在自然植生のシイ、タブ、カシ類を中心に木の種類、本 数を細かく指示していたのに、実際に植えられていたのはマツ だった。担当課長は「タブやカシはなかなかないし、値段も高 いので、安くていくらでも手に入るマツを植えました」と言う。  木なら何でも同じだろうという考え方である。宮脇はなぜマ ツがこの土地本来の本物の木ではないかを説明する必要を感じ て、近くの神社に皆を連れて行った。八幡製鐵が日本で最初の 製鉄所としてできた時に、作られた高見神社である。1940年頃 に移設された比較的新しい神社であるが、見事なシイ、タブ、 カシ類が育っていた。「これが本物の森です」と宮脇は言った。 5万本もマツの苗を買ってあったが、改めてシイ、タブ、カシ を中心とした森づくりが始まった。  翌年、ドイツのリヒテルンで開かれた国際植生学会で、新日 鐵の各製鉄所における環境保全林作りを宮脇は報告した。まだ 工場の周りに木を植えることは世界各国でもあまり考えられて いなかったため、大変な関心を呼んだ。かつて「日本の産業立 地では自然の森を破壊して、工業団地が作られている」と批判 していたオランダの学者たちが、「とうとう土地本来の森づく りをやり始めたか」と宮脇に握手を求めてきた。

■5.鎮守の森は千年の森■
 森とは木が集まっただけではない。高木、低木、下草、さら には野鳥や昆虫、地中の小動物群、カビ、バクテリアなどいろ いろな生き物がいがみ合いながらも一生懸命生きている共同体 社会である。  日本列島では2千年ほど前に稲作が始まり、森を切り開いて 水田とし、さらに道や集落を作ってきた。しかし、私たちの祖 先はその際にも、かならずふるさとの木による森を残した。そ れが鎮守の森である。 「鎮守」とは、その土地の地霊をなごめ、その地を守護する神 である。その言葉通り、鎮守の森は地震、台風、火事から、住 民達を守ってきた。さらに神社を守ることによって文化を伝え てきた。  鎮守の森は強い。荒れ地には一気にはびこるセイタカアワダ チソウなどの帰化植物も、鎮守の森には侵入できない。かつて は日本中の樹木を食い荒らすと恐れられていたアメリカシロヒ トリも、鎮守の森には歯が立たなかった。  またスギやヒノキなどを人工的に植えた森では、下草刈り、 枝打ち、間伐と、常時、人間が手を入れてやらねばならないが、 その土地本来の樹木でできた鎮守の森は、そんな必要はない。 鎮守の森は千年の森なのである。

■6.「タブノキ! タブノキ! タブノキ!」■
 平成14(2002)年11月23日朝、島根県出雲市にあるオム ロン出雲のグランドに、市内の750名もの小中学生が集まっ た。やがて宮脇が紹介され、マイクを通じて大きな声で呼びか けていた。  北山の、出雲の一番本命の木は、火事にも、地震にも、 台風にも長持ちするものは何であるか、大きな声で言って いただきます。タブノキ! タブノキ! タブノキ!  グランドの向かいの北山では、緑の山麓の所々にぽっかり穴 があいているのが見える。マツ枯れが進行しているのである。 そこにこの土地の木を植えて、北山を本来の姿に戻そうという のが、この植樹祭の目的だった。  宮脇の説明が終わると、小中学生らが宮脇に率いられて北山 に登っていく。細い山道には小学生でも登れるようにと、新た に丸太の階段がつけられている。30分ほど歩き続けて到着し た植栽現場では、枯れたマツが切られて、タブノキ、シラカシ、 アラカシなど35種類、7千本のポット苗が置かれている。  この日のために、1ヶ月もかけて30人の森林組合や市職員 たちが準備していたのである。宮脇の熱意は多くの人びとを動 かしていた。  1時間足らずの間に、7千本の苗木が5千平米の北山の斜面 に植え込まれた。植え終わる頃には、子供たちは額に汗を浮か べ、充実感に目を輝かせていた。彼らが大人になる頃には、北 山はこの土地本来の緑に包まれているだろう。山肌にしっかり 根を張って土砂崩れを起こさず、豊かな水と空気を生み続ける ふるさとの森へと。  宮脇はこうした植樹祭をすでに約千二百カ所で行ってきた。

■7.海外に広がる「ふるさとの森」づくり■
 宮脇のふるさとの森づくりは、海外にも広がっていった。 1990年、三菱商事から協力依頼があり、同社内に地球環境室が 作られ、東南アジアにおける熱帯雨林の再生プロジェクトがス タートした。  当時は日本企業によるラワン材の伐採が海外からも強く非難 されていた。しかし、日本企業の伐採は一ヘクタールあたり数 本の超高木に限られており、それよりもその後で、韓国や華僑 系の人びとが成長途中の樹木まで伐採し、さらに現地の人びと が後を焼いて焼き畑にしてしまうことが問題であることが分かっ た。  宮脇は36種類の超高木、高木、亜高木のポット苗を作り、 1991年7月にマレーシアで学生や地元の住民2千人を集めて、 第一回の植樹祭を行った。8年後には土地本来の多様な樹木が 10メートル以上にも伸びた熱帯雨林に成長した。それ以来、 三菱商事と日本からのボランティア、マレーシア農業大学の協 力で毎年、植樹祭を続け、既に50ヘクタール以上、30数万 本の苗が植えられ、着実に育っている。  同様に様々な日本企業の協力を得て、タイではマングローブ 林、アマゾンでは低地熱帯雨林、チリではナンキョクブナ林の 再生が進められている。

■8.深刻な中国の砂漠化■
 中国での緑の破壊と砂漠化は深刻である。中国全土の約28 %が砂漠となり、森林率はわずか17%。砂漠は北京からわず か70キロの西北に迫っていた。北京市長は宮脇に頼んだ。 「宮脇先生、このままでいけば40年で都を移さねばなりませ ん。是非ご協力いただきたい」  万里の長城沿いに森をつくるという壮大な計画を宮脇は開始 した。日本のイオングループ環境財団と北京市の間で3年間に 39万本の植樹をすることが決まり、宮脇がプロジェクト・リ ーダーとなった。  長城付近にはほとんど樹木がない。長城のレンガを焼くため に付近の樹木が伐採され、その後も戦乱や、暖房の薪取りに、 森は破壊され尽くしていた。宮脇は付近の古いお寺などに残っ ているモウコナラの老木から、この木がこの地域の主役であろ うと推定した。そして土地の古老から聞き出して、100キロ 以上も奥地にあるモウコナラ林を見つけ出し、大量のドングリ を手に入れた。  第一回の植樹祭は1998年7月4日。日本から1400人のボ ランティア、中国人民政府側から1200人が集まって、4万 5千本のモウコナラのポット苗を植えた。中国での植樹祭なの に、日本からのボランティアの方が多いのは、環境意識の違い からだろうか。  寒暖の激しい環境で、苗が根付くかどうか。5ヶ月後の12 月の調査で、当初逃げ腰であった林業試験場の職員達は言った。 「プロフェッサー・ミヤワキ、100%活着している。不思議 だ。しかし100%と言えば北京市人民政府の局長や部長が信 用しないから、活着率98%と報告したいが許してくれるか」  その後、宮脇は北京市から都市緑化顧問に、上海市からは浦 東新区緑化顧問に任命され、中国での緑化活動に活躍している。

■9.「鎮守の森こそ21世紀の世界を救う足がかりになる」■
 1997年3月、宮脇はハーバード大学で開催された「エコロジ ーと神道」という国際シンポジウムに招かれ、「鎮守の森を世 界へ」と題する招待講演を行った。宮脇は、神道と鎮守の森の 歴史や意義について語り、「鎮守の森こそ21世紀の世界を救 う足がかりになる」と訴えた。  シンポジウムではナポリ大学の教授がこんな発言をした。  4千年の歴史を持つ自然と共生した日本の自然宗教が、 ごく最近、百年足らずの間に、一部の人によって間違って 利用されたために、いま、多くの日本人が宗教に無関心で ある。鳥居とか、神社とか、鎮守の森と言っただけで拒否 反応を起こす。これはきわめて不幸なことである。我々は 4千年続いてきた神仏混淆の宗教をもう一度見直すべきで はないか。  シンポジウムの最後に開かれた打ち上げパーティでは、一人 のアメリカ人が宮脇に英語で話しかけてきた。  日本の伝統的な鎮守の森をモデルとし、エコロジーと総 合した新しい鎮守の森づくりを科学的な脚本にしたがって やろうとしている。これは素晴らしいことです。しかも、 国内だけでなく、アマゾンやボルネオでもやろうとしてい る。このノウハウを日本から世界に発信していけば、再び 私は日本がナンバーワンになると信じています。 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者・ハーバード大学の 教授エズラ・ボーゲルだった。
(文責:伊勢雅臣)