原典から学ぶ丹田呼吸法(その3)
藤田霊斎先生は真言宗智山派の僧侶である。明冶の末期に『心身強健の秘訣』という書物を出版され、副題に「息心調和の修養中伝」とあり、呼吸と心の調和法を説かれ、その要点は丹田を鍛えることにあった。藤田先生は仏教学を深められ、その後心身の不調和、半身不随となる重病に襲われ苦悩の中から生み出したのが、この人間がそのものとして健康で生きるという理想的な呼吸法であり、晩年息腹心の調和道を完成されるまでには並々ならぬご努力があったことが『調和道丹田呼吸法』の著に自叙伝として書かれている。
藤田氏は書物の中で『人間の有する調和の四徳』で健康の徳性について述べている。それは、『自然療能力』=萬一病気に罹っても、自己の力で癒してしまう力が、天然自然に私どもの身体に備わっている。このような自覚を有する人はまことに少ない。
そして『自然療能力』を発揮するためには、身心に鍛錬を加え、それを現実化しうる事の出来る力を養って行くこと、極端な唯心論では駄目でどうしても身心特に腹の鍛錬が必要である。と述べている。(上記「調和道丹田呼吸法」より抜粋)
丹田呼吸法を日々決められた時間に実践することで、身心への効果や重要性は良く理解できるのであるが、日々の日常生活の中で呼吸をどう意識して、呼吸とどう付き合い、どんな呼吸をすれば良いのかという疑問が沸いてくる。最近お釈迦さま(釈尊)と呼吸についての書物から学んだことを少し紹介させていただくことにしたい。
(1)釈尊の悟りの背景には呼吸法がある
仏説大安般守意経:坐禅や呼吸法を説いたお経。21世紀ごろ。後漢の安世高が訳す。
安般の安はサンスクリットの ana(アーナー)で 入る息 の意、般は apana(パーナ)で出息 の意、守意は satiで(サティ)念、気づき の意訳。
安般守意=アナパーナ・サティ=釈尊の呼吸法
釈迦(ゴウタマ・シッダ−ルタ)は、29才の時、重大決意をしてカピラ城を出て苦行生活に入ります。人生の
生・老・病・死の苦悩を解決するため。6年間の苦行(断食、断息、風雨、雷、寒暑、棘、害虫、害獣)を行い、最も激しい苦行は、息を止める「断息」であった。如何に肉体そのものを苦しめても、生・老・病・死の苦は消えないこと、さらに高度な精神的境地も得られないことに気付かれ、断息は的はずれであった。
今度は、出る息・入る息を心の限りされたのでした。「時に仏は坐して安般守意を行ずること九十日なりき」
やがて長く吸うことの無駄を知り、吐く息だけを長くする、「呼主吸従」の呼吸法を会得した。釈尊の呼吸法の特長は二つあります。
@出る息を長くする呼吸
A出る息を瞬間的に強く出す呼吸
即ち「長息」と「短息」です。
(2)悪い呼吸、息は絶対止めるな!
我々は日常生活で無意識で入る息・出る息の延長で息を止めていることがしばしばある。思索に耽るとき、心配・不安、焦り、怒り、妬み、悶え、狼狽の情緒、大脳皮質を使い心がギラギラしβ波状態、中国医学では「心火上炎」の状態、胸(上半身)力が入って、胸腔内は陽圧、すなわち出る息を無理に止めている「怒責」状態となり、心臓へ還るべき静脈血の流れが一時的に乱れ、血液循環系を撹乱し脳圧上げる。静脈血の停滞はうっ血を引き起こし、動脈血も充血を起こします。心臓への負担脳圧上昇は脳出血引き金、正しい精神活動も妨げる、もしトイレで息を止めると痔になる。
(3)良い呼吸
常に「呼主吸従」の出る息を長くする呼吸を心がける。長息は、頭蓋内の臓器(大脳・間脳・中脳・橋・小脳・延髄)の血液循環を促進し、頭部
全般における静脈血の心臓還流を活発にします。およそ十分間続けると、心が落ち着き頭が軽くなり、爽快感を味わうことができます。
意志で呼吸をコントロールすることによって、無意識の世界に支配されている内蔵をリラックスさせたり、血圧を下げたり、心臓の鼓動を緩めたり、消化器系を調節したり、免疫系(治癒力)を強くしたりすることができる。
(4)呼吸の調和
出息長、入息短の呼吸は、息を吐ききることに意識を集中し、吸気はおのずから入って来る。呼気に意を用い、吸気に心を放つ、緊張と弛みとが交互に行われ、1呼1吸の調和呼吸であり、良い呼吸を持続するためには、緊張と弛みの2相の調和呼吸を訓練する必要がある。
調和道丹田呼吸法の素晴らしさ波浪息と屈伸息は呼吸の生まれては消える繰り返しの上に人間の生命が続いていることを知り、生命には最も大切な波動である。長息で吐ききるということは、物質や環境に囚われている心、執着をさらさらと脱力させる力があります。眼には見えない心を縛っている無形の縄、手枷、足枷を溶かし、新しい吸息をすることにより、自由自在の何ものにもとわれのない自然な心のさわやかさを得られます。
呼吸法は心を清浄するだけの力を持っています。(心の汚れ、不浄を絶えず取り除く)
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