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(”−風水思想と歴史的都市の囲繞区間−天畠 秀秋”より引用) 近年の環境破壊やもはや当たり前のように取り扱われいる中で一向になくなる気配はない。 これには根本的に日本人の自然観自体が変質してしまったことが原因ではないだろうか。 利便性や経済性を追求していった為に生活には不自由はなくなったのかも知れない。 しかし、その代わりに失ったものもたくさんあるように思われる。 建築を設計する場合においても、敷地の中だけの話で完結してしまっているものが多いように思う。 結局どこに建てても良いようなものしか建たないから、もともとその場所の持っていた個性や意味は薄れていく一方である。 これは大変危惧すべきことである。 もっと全体的な視野にたったその場所のもつ意味をもった計画が必要なのではないだろか。 東洋における自然との調和の思想ともいえるものに風水思想がある。 風水思想では、山に囲われた地形を理想的な場所としているが、これの良いところは周囲の山から自分のいる場所の意味づけを行い、その意味の中で人間が暮らしていることである。 囲われたということは人間が安らかに暮らす上で最も重要な空間的要素の一つである。 風水思想の思想が現代の抱えている問題に対して示唆することは大きいと考えられる。 風水思想に関しては風水の理想モデルの図式やその一般性、また風水を取り巻く風俗などに関しては様々な視点から研究が進められている。 しかし、風水思想の原理と実際の地形への適応に関して論じる場合に、地図上での概念的な解釈が多く、内部空間や風景との関係を視覚的な観点から論じているものは少ない。 風水思想におけるに吉地については、「背山臨水」、「山河襟帯」、「蔵風得水」、「四神相応」、「三方を山に囲まれ一方が開けているような地形で、かつ開かれた平地には川や池など「水」を湛えうるような地形」、「周りを山が取り囲んでいて、南が開けている」などのように表現されているものである。 ここではその代表例として、村山智順『朝鮮の風水』による風水思想における吉地を示す。 この吉地は都市・集落・民家・お墓のあらゆる尺度にまで適用される。 「穴」は一番生気が凝縮した場所とされ、都市であればその中枢になるものが置かれる場所となる。 お墓であれば遺骨の安置される場所となる。 穴の背後に背負う山を「主山」、穴から離れたところにあり主山につながる雄大な山を「祖山」という。 風水思想では山脈のつらなりを龍脈といい、主山がどこからつながって来ているかを重要視し、その場所の意味づけを行う。 中国では全ての山の祖は崑崙山とされ、崑崙山からの大きな三つの幹龍(北幹龍・中幹龍・南幹龍)から枝分かれしてそれぞれの都市・集落の主山にまでつながっていると考えられる。 朝鮮半島の場合は、崑崙山からの気が北幹龍を通って白頭山に一回集まると考えられており、白頭山が祖山のように位置付けられている。 穴の前方に広がる平地を「明堂」という。 都市であれば市街地が広がる場所になる。 穴の前方に臨む山を「案山」、穴の前方遠くの山を「朝山」という。 穴は主山からの支脈である砂(周囲の山々)に取り囲まれている。このモデルには祖宗山-主山-穴-明堂-案山-朝山の軸が存在し、それに伴う坐向(図でいえば下向き)があるのが特徴的である。 |
(図 風水思想における吉地 [村山智順『朝鮮の風水』より]) ![]() |