餅鯛稲荷大明神  もちたいいなりだいみょうじん 「飯縄権現文献」



飯縄権現文献   (1) (2) (3) (4) (5)

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以下 (本地垂迹資料便覧 より)



飯縄

皇足穂命神社(飯縄神社) 長野県長野市富田 式内社(信濃国水内郡 皇足穂命神社)
旧・郷社
現在の祭神 保食神
垂迹 本地
飯縄大明神(飯縄権現) 大日如来 不動明王 地蔵菩薩

「日本最初火防開運 飯縄山略縁起」

信濃国水内郡 飯縄山大明神略縁起
抑、飯縄大明神と称し奉るは、天神第五偶生の御神大戸之道尊を斎祭り奉り、御本地は大日如来にして、即不動明王の変相に渡せ給ひ、火防随一の御神徳世に著し。或は衆生済度の為に地蔵菩薩と現じ、武門擁護の為には勝軍地蔵と示現ましまして、其冥感測るべからず。畢者人王十六代応神天皇の御宇、当山に跡を垂れ給ひてより、五十四代仁明天皇の御宇迄は世の人猥に登山する事を得ざりしとなん。嘉祥元年辰の三月、学問行者といへる聖ありて、此山に登らんと神仏に祈誓し、遂に山頂に到り、親しく尊容を拝し奉りしと云々。

「日本の神々 9 美濃・飛騨・信濃」

飯綱神社(小林計一郎)

飯縄社の本地仏であった地蔵菩薩には「応安二年(1369)千日太夫」の銘がある。「千日太夫」は飯縄神主(先達)の代々の通称であったが、おそらく飯縄山で千日の行をして神主職についたことがこの通称の由来であろう。

「仏像図彙」

飯縄権現
本地不動
[図]





戸隠

戸隠神社 長野県上水内郡戸隠村戸隠 旧・国幣小社
現在の祭神
奥社 手力男命
中社 八意思兼命
宝光社 天表春命
摂社・九頭龍神社 九頭龍大神
摂社・日之御子社 天鈿女命
[配祀] 高皇産霊命・栲幡千々姫命・天忍穂耳命
末社・飯縄社 保食神
垂迹 本地
戸隠五社大権現 奥院 聖観音
中院 釈迦如来
宝光院 勝軍地蔵
九頭龍 弁才天
火御子 八大金剛童子 薬師如来
飯縄権現 不動明王
黒姫境宮 毘沙門天
高妻明神 阿弥陀如来

「戸隠山大権現縁起」

爰に天地開闢之初を尋ぬるに、天照大神、素戔嗚ノ尊のしはざ甚あじなき故に、いきどうりを起し給て天の岩屋に入て、岩戸を閉て籠給ふ。故に世の中暗と成て昼夜の別ちもなく、万の妖起りけれは、八百万の神達是を歎き利生の道を謀り給ふ。高皇産霊尊の御子天思兼神ハ、思慮の智恵ましましけれバ遠く慮利給ひて、常世之長鳴乃鶏を集て夜明の時を告させ、日の神の御像を写スべき鏡を作らせ、御子手力雄命をハ岩戸の掖に隠れ立せ給ひ、天の鈿売ノ命ハ天の香山のさかきを取てかづらとし、さるおがセと云ものをたすきとし、笹の葉を手に持て鈴を付たる矛を振り、天の岩戸の前にて庭火を挙て神楽を奏して舞ひかなで給ひまじ、御子の神達の御遊ゆかしく思召て、岩戸を少し開きて御覧しける時、世間明らかにして人の面見へけれバ、あら面白哉の神の御声も気高く聞へ今そかりけれは、手力雄命、岩戸を取て虚空に投げ下し給ひしに、岩戸ハ北国に留まりて今の戸隠山と成レり。
(中略)
抑戸隠大権現と申奉るハ、奥院ハ手力雄命并ニ九頭龍大権現なり。中院ハ天思兼神也。是ハ手力雄命の御父ニて、霊宗神道教主にして、阿知宮ト号ス。神国ニて智恵を主トリ給神なれハ、釈迦牟尼仏を本地トス。宝光院ハ表春命なり。此ハ皇孫コノ葦原中国ニ天降給時、高皇産霊尊ノ神勅を奉て供奉し給神三十二人まします中の手力雄尊の御弟にして、信濃一国を防き衛り給神なれバ、勝軍地蔵を本地とす。此も阿智の宮と号す。火ノ御子ハ皇孫ノ御母栲幡チチ姫ノ命ニテ、八大金剛童子を本地とす。飯縄明神ハ荼祇尼天ニて、日本第三之天狗なれハ、飯縄之三郎と名。天福元年、住侶ニ託シテ降臨ス。不動明王ヲ本地トス。黒姫境ノ宮ハ大天縛なり。毘沙門天を本地とス。高妻明神ハ高皇産霊尊ナリ。此ハ奥院権現并ニ宝光院権現之御祖父ニて、中院権現ノ御父ナリ。無量寿仏ヲ本地トス。此ハ戸隠山之最高頂なり。乙妻の峯ハ天照大神降霊の地にて、胎金両部ノ大日如来自然の尊像あり。惣シテ三十三之宝窟有テ、胎蔵界十三大会ノ曼荼羅七百余尊、金剛界ノ曼荼羅五百余尊、自然に湧出し給へり、故に両界山と号す。実に過去迦葉仏説法ノ宝窟、鎮護国家之霊嶽ナリ。
(中略)
学問行者ハ天ノ思兼ノ神ノ苗裔ニシテ手力雄ノ命ノ子孫ナレハ、本迹雖殊不思議一ノ意ヨリ申ス時ハ、釈迦ノ分身・観音ノ化身トモ称スヘシ。役ノ行者ニ師トシ事ヘテ修験道ヲ伝ヘ、智行群ヲ抽テ徳験世ニ秀ツ。遍ク諸山ニ遊テ伽藍ヲ諸国ニ興シ、利益ヲ法界ニ周ス。
(中略)
行者此山ヲ再興セント欲ス。仁明天皇ノ御宇嘉祥三年庚午三月中旬ニ先ヅ飯縄山ニ登ルニ、雪深ク巌嶮シク雲霧雷鳴シテ上ルコトアタハス。還テ半腹ニ住シテ、諸ノ神祇ノヲン為ニ経ヲ読、咒ヲ唱フ。命ヲ捨テ道ヲ求ム誓ヲ発シテ曰、善神威ヲ加ヘ我願ヲ助ケ給イ、我若シ頂ニ至ラズンバ永ク菩提ニ至ラジ、ト如是願ヲ発シ訖テ其頂ニ登リ四渓ヲ臨ムニ、神霊麗ヲビタダシ。日暮西窟ニ卜居シテ礼拝懺悔ス。壇場ニ瑪瑙ノ座アリ、今ノ瑪瑙山御座岩是ナリ。而シテ後金剛杵ヲ投テ誓テ曰、未来仏法ヲ繁昌シ群生ノ福ヲ豊ナラシメン。随テ其杵遥三百余町ヲ経テ宝窟ニ止テ光明ヲ放ツ。時ニ猟師アリ、杵ノ光リニ驚テ速ニ趨リ出ツ。今ノ護法猟師ナリ。行者杵ノ光リヲ尋テ此洞ニ住シ、地主ヲ行ヒ顕サント欲シテ深ク祈念スル所ニ、地ノ底ニ声有テ、声高ニ唱テ云ク、南無常住界会大慈大悲聖観自在四所本体三所権現放光与楽、ト。此音未タ終ラサルニ聖観音ノ像并ニ釈迦文仏・勝軍地蔵、光明赫奕トシテ紫金ノ蓮台ニ坐シ、忽ニ湧出シ給フ。
深夜ニ及テ南方ヨリ臭風□リニ吹テ九頭一尾ノ大龍来テ曰、喜バシキ哉、行者コノ窟ニ至テ錫杖ヲ振読シ、六根懺悔ノ浄業ニ依テ毒気皆消シテ更ニ物ヲ害スル心ナシ、タダチニ我前ニ来レ、汝ニ語ラン、当山ハ破壊既ニ四拾余ヶ度ナリ、吾れ寺務ヲ行ヘル事七箇度ナリ、今錫杖并法音を聞テ解脱ヲ得タリ、然レハ未来際ニ至リ斯山ヲ守護セント誓フ、汝須ク菩提心ニ住シテ早ク大伽藍ヲ建スヘシ、夫レ峯ニ五丈ノ白石アリ、面ハ矜壁ノ如シ、両界ノ曼荼羅ヲ顕ス、故ニ両界山ト名ク、前ニ宝石ノ密壇アリ、迦葉仏説法行化ノ処ナリ、総シテ三十三ノ窟アリ、自然湧出ノ古仏一一ニ立給フ、大慈大悲ノ化現ニ合ヘリ、昼夜ニ万民ヲ擁護シ、悪業ノ群類ヲ済度イマセリ、故ニ一タビ此山ニ登レハ永ク悪趣ノ苦ヲ離レ、定業モ亦能転ス。言ヒ訖テ住侶ノ法式等ヲ定テ本窟ニ帰去ス。本地ヲ思ヘハ大弁功徳天ナリ。

「週刊神社紀行 42 御嶽神社・戸隠神社」

五社権現本地曼荼羅

江戸時代 善光寺本坊大勧進蔵
本地垂迹説により戸隠5社の本地仏を描いた図。最上段が奥社の聖観音、中段向かって右が中社の釈迦如来、同左が宝光社の勝軍地蔵、下段向かって右が九頭龍社の弁財天、同左が火之御子社の薬師如来といわれる。





黒姫

黒姫神社 新潟県刈羽郡高柳町岡野町 式内論社(越後国三嶋郡 鵜川神社)
旧・村社
現在の祭神 罔象女命
垂迹 本地
黒姫大明神 如意輪観音

「日本の神々 8 北陸」

黒姫神社(鈴木昭英)

里宮の境内には、山宮・里宮を掌る神職の大倉家が居住するが、同家所蔵の享保八年(1723)の文書によれば、黒姫大明神は大倉家の先祖が両部神道を勤めたときに本地観音像が垂迹したものという。すなわち、昔は黒姫大明神は本地観音、垂迹罔象女神とし、別当大倉氏は神仏混淆の社僧であった。山頂本宮は本地仏としての如意輪観音を祀って越後三十三観音第九番札所に指定されていたが、その石像は明治初年に山麓の磯之辺に下ろされ、いまも黒姫山観音堂に奉安されている。



(以上 本地垂迹資料便覧 より)





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