餅鯛稲荷大明神  もちたいいなりだいみょうじん 「飯縄権現文献」



飯縄権現文献   (1) (2) (3) (4) (5)

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古事記→飯縄神法に依り解明された古事記真釈 より)

解題

古事記は約一千三百年前、元明天皇の和銅五年(七一二)に出来た書物で、撰者を太朝臣安萬呂という。
日本で書かれた記録で、現存しているものとしては、最古であり、勅撰六国史の筆頭、日本書紀の完成した養老四年(七二十)に、先立つこと八年、かくて記紀とならび称せられる古典である。
古事記は一般に、コジキと音読みされているが、正確には、フルコトブミと読むべきだともいわれている。
上中下の三巻から成っていて、上巻のはじめに「序」という上表文が添えられている。
上巻には、アメノミナカヌシノ神から、ウガヤフキアエズノ命まで。中巻には、神武天皇から、応仁天皇まで。
下巻には、仁徳天皇から、推古天皇まで、が記されている。
上巻は、いわゆる日本国家の建国神話、即ち神世の神々の物語、それに対して、中下巻は天皇一代毎に皇位継承の順序に随って系譜や物語がまとめられている。

古事記はすべて漢字で表記されているが、純粋の国文であり、日本書紀の漢文とは対照的であると言われている。
そして文学作品というよりも歴史として重視され、また神典として尊重されてきたのが事実であった。
ところが古事記の原書は、存在せぬらしい。日本最古の写本として、名古屋市大須の宝生院所有の、 有名な真福寺本古事記(昭和二十六年国宝指定)も、応安三年(一三七十)僧賢喩書古事記三帖、 とその箱に記されている。
そして末尾には、それより百年まえの文永三年に神祇権大副大中臣定世 の書写したものを、更に転写したとも記されている。
古事記は、その成立、その序文の真偽、また神典あるいは歴史書としての権威等々、その解釈もまちまち で定説が無さそうだ。
一冊の本が数百年にもわたって研究されて、しかも尚、不詳とされている箇所も多い。                                                   難解とされいる古事記、謎につつまれた古事記、この解釈は、名古屋市昭和区の新戸隠神社宮司、飯縄神法宗家、鈴木晨道氏が、これこそ真釈なりと確信をもって発表されたものです。                                        




古事記上表文 (序)

(序)  原文 省略。

序文を省略したとは雖も、序文で最も重要な、古事記撰録に関する部分を解明する。

1  天武天皇は、諸家の蔵するところの、帝紀や本辞は、事実と違ったり、多くの詐さえ加えられている。
さすれば今において、その虚偽を排除しておかねば、後幾年もたたずに、正確な事実は隠れ、滅びてしまうであろう。
これは、国家の統治上、最も重要なことでもあり、王化を布く大本ともなることである。そこで帝紀の正実を撰録し、旧辞の事実を、深く考え究めて、詐りを削り、正実を確認して、後世に伝えねばならぬとの詔りをくだされた。
そして天皇は、稗田の阿禮に、口づから、或いはまた、或る書の或る部分を指して、御自らまとめあげられた。
稗田の 阿禮は、舎人ではあるが、生まれながら聡明で、一度読んだ文章は、正確に暗記でき、一度聞いた話は決してわすれない。 と言う二十八歳の男子であっった。 しかしその撰録が実現せぬ内に天皇は崩御遊ばされた。

2 それ故、元明天皇が、和銅四年九月十八日に、改めて臣安萬呂に、詔りをくだし、稗田の阿禮の暗誦している、即ち天武天皇勅撰の旧辞の撰録を命ぜられたのである。

3 そこで大安萬呂は、謹んで詔旨にしたがい、子細に撰録された。しかし上古の言葉も思想も共に素朴で文章として書き写すのに ずいぶん苦労した。 一句の中に、音と訓が交わったのもある。そこで 意味の難しいものには 註を付けたりした。 しかし 姓の日下をクサカ、名の帯をタラシと言うの類は、その儘にしておいた。

4   和銅五年正月二十八日、 正五位上勲五等太朝臣安萬呂、謹んで奉る。                             

以上、原文の一部を現代文に訳にしたものであるが、ここにひとつの問題が残されるのである。
古事記は天武天皇の勅撰であるとしても、天武天皇は、何によって、偽を削り実を定める作業ができたかの秘密である。 これについては、天武天皇が勅使をもって、信州戸隠山の奥深く隠しおかれた密教。すなわち神伝霊学、  後世の飯縄の法により給いしことであった。
これこそ神人合一、即身成仏、心霊能力の賜力であったであろう。




古事記と心霊主義

飯縄神法宗家であられる、鈴木晨道氏が、昭和十三年三月ある日の晨朝、御夫妻で神前に鎮魂中、素晴らしい霊媒であられた奥様が 突然帰神状態となられ、

          「神道の教義は古事記真釈で」
          「古事記の秘庫は飯縄の鍵で」
と霊言されたのであった。飯縄のことは、当時は晨道氏だけの秘密であったし、古事記にも触れた事もなかった。
この日から、古事記の研究が始まったのである。 読み方や解釈を間違えたり、研究に行き詰まると、奥様から発せられる霊言で指導されるのであった。
そして一年後、 神世と神代の別、古事記と日本書紀の関係。 五種神身と一霊四魂の霊理から、日本及び世界の将来など。今までには無い古事記の解釈に至ったのである。                             

古事記を真釈するところによれば、先の太平洋戦争の敗戦は、天照大御神の天之岩戸隠れ。そして永い暗黒時代は、常夜であり、日章旗ならぬ、星条旗下の日本となるのが、神ながらの運命との神示である。
されど神国日本は不滅。 アメリカやロシア等の大国の主は世界葦原の中心的中津国ではあるが、いづれは その子 事代主神により、世界平和の瑞穂国出現のため、皇孫にお国譲りが必要となる。
国連総会は、八百萬神の神議り、岩戸前の神楽である。
天照大御神が、天之岩戸を細目に開き給うまで、その岩戸の脇に隠り立たねばならぬのが、天手力男神の日本神道である。そのチャンスは天宇受売神の神憑り、シャーマンである。
近代的シャーマンは、霊媒ミージアムの超能力、霊能力の特技であるが、その現象は既に開始されている。

心霊研究の発達で台頭した、スピリチュアリズム、心霊主義では、
一  各人の肉体には霊魂が宿っており、霊魂は死後も存続し、永遠に進歩向上の途を辿る。
二  生者と死者、即ち顕幽は相互に交通し得る。
三  各自の背後には守護霊があり、本人と密接不離の関係に在る。 各自はこの守護霊を認
    識することによって精神的向上を期し得る。
四  不可視の超現象世界は、個性としての霊魂の外に、無数の階級による自然霊がある。
五  最高級の自然霊が宇宙の神である。
六  宇宙の萬有は宇宙神神律によって支配される。
七  宇宙は故に物心一如の大生命体である。
   と 七箇条の綱領を掲げている。

然からば、日本神道は、そのまま心霊主義の旗の許に、集まれるのである。
武力による、八千矛神は、人類滅亡にも連なる核武装をしつつあるのである。
宇都志国玉神の心霊主義の世界こそ、天壌無窮、永遠の平和であることを、神典古事記は神示しているものと確信する。
                (八千矛神、宇都志国玉神、は大国主神である。 大国主神には五つの名前がある。)




高天原と神世七代

    上巻

 地天の初発之時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神。
  (高の下の天を訓であまという、下これにならえ)

 次に高御産巣日神。次に神産巣日神。この三柱の神は、

 並独神成りまして、隠身也。
  

 
 アメツチのハジマリノトキ、タカアマハラにナりませるカミのナは、アメノミナカヌシノカミ。

 つぎにタカミムスビノカミ。つぎにカミムスビノカミ。このミハシラのかみは、
  
 ナラビヒトリカミなりまして、カクリミナリ。
  

                            

今日現存する古事記に関する書物で、原書を転写したもの以外の総てに於いて、読み方の間違いがあることを指摘しておく。
その箇所は、[隠身也」の一文句である。これを「身を隠す也」「身をお隠しになった」等々、酷いものになると「お亡くなりになられた」と読まれている。
「隠身也」は、日本語で古来の読み方そのままに「かくりみなり」と読むべきである。
間違って読まれていた為に、「古事記」が更に難解なものとなり、「神」そのものも、おかしな方向に解釈されるようになったのではないだろうか。

 地天の初発之時とは、幾千億年とも想像もつかぬ遠い遠い大昔、言い換えれば、宇宙創世の元始、高天原という唯一の実在たる無限の真空が、霊的活動を起こした。その絶対中心を天之御中主神と名付け、その中心から波動する遠心力の陽神を高御産巣日神、その反対に中心に向かって波動する求心力の陰神を神産巣日神と呼ばれた。
そして此の神は、いわゆる造化の三神とも呼ばれる、宇宙の太霊であり、三神にして一神、一神にして二神の実在である。

 宇宙とは、上下四方、古往今来の実在。無限の空間と時間、すなわちその太霊は、我々の理念を絶した、天地造化の根本主神ではあるが、決して全知全能の絶対神ではなく、遠心力と求心力の主宰神であり、やがては萬物普遍の実在神ともなると解明せねばならない。
したがって、一神たる天之御中主神は、陽にして陰、陰にして陽。萬物萬事に遍満する太霊ではあるが、易経の太極、仏説の真如に相当し、祈願の対照にされなかった。

 それを世人の多くは、キリスト教のゴットや、道教の唯一真神と混同し、最高神と誤解しているが古事記の教える天之御中主神は、特殊の個性や神格がない神である。
無始無終の隠身なので、大神とか大御神とは呼ばれなかった。要するにこの神は有にして無、無にして有、一神が二神として活動すると説けば演繹、さらに二神の活動も一神の主宰と説けば帰納となるという、一即多、多即一の神道の根本原理を顕現されているが、いわゆる汎神論の一神でもない。

 ここで神とは何かを考えてみる。本居宣長は、「すべて神とは、古の御典等にみたる、天地のもろもろの神たちを始めて、そのまつれる社に坐す御御霊をも申し、また、人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐい、海山など、その余り、何にまれ尋常ならず、すぐれたる徳のありて、かしこき物をカミとは云う。すぐれたるとは、尊きこと、善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云うにあらず、悪しきもの、奇しきものなども、世にすぐれてかしこきをば神と言うなり。」云々と説き、その玉矛百首の中にも、

    神といへば  みなひとしく  思うらん
       鳥なるもあり  虫なるもあり。
    いやしけど  いかづちこたま  きつねとら
       竜のたぐひも  神のかたはし。

などと詠まれている。
聖書では、神は愛なりと説き、仏教では、仏法を護るのが神であるから、日本の天神地祇は、印度の天、夜叉、明王等と同列にされた。ところで、ある宗教団体の教祖は、第一議の神はエネルギーの事と教え、他の宗教団体では、萬物普遍の霊なり、と説く。国学者の神の説明もいろいろで、定説と認めるべきものがない。
しかしわが飯縄神法には、
 一  天地万物創成主宰の太霊と、その顕現たる事物一切の霊魂をも神として崇敬せよ。
 一  神は隠身が本体、時と処に応じ、四種の霊魂として、顕現する。
 一  霊魂の活動法則は、神伝の言霊で知れ。
との神示が、法祖千日太夫以来伝法されているのである
その言霊の一部を表解すると

 カカリミ(憑  身)  幸  魂  サチミタマ 
    (霊界)
 ニギミタマ  
 和  魂 (霊 界)
 (奇 魂、 幸 魂) 



 アラミタマ  
 荒  魂 (現 界)
 (荒 魂、 術 魂) 
 カゴリミ(仮凝身)  術  魂  バケミタナ 
    (幽界)
 カクリミ(隠  身)  直  霊   ナオヒ
   (総界)
 カケリミ(翔 身)  奇  魂  クシミタマ 
   (神界)
 カギリミ(限 身)  荒  魂  アラミタマ 
  (物質界)

 宗教学者は、一神教、多神教、そして汎神教と分類しているが、神道すなわち日本固有の神ながらの道はその総てを包蔵、網羅しているし、神は神として認識している。そして天津神、国津神、八百万神と呼ぶ。
ところが、天津神と国津神との別や関係はと一歩踏み込めば、答えられない者が多い。
しかし古事記には、天津神と国津神とは決して混同されてない。それのみか神と命、大神と大御神も判然と区別されている。


次に国稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時、
葦牙の如く萌え騰がる物によりて成れる神の名は、

宇摩志阿斯詞備比古遅神。次に天之常立神。
この二柱の神もまた、独り神と成りまして、隠身成。

上の件の五柱の神は、別天つ神。
 

つぎにクニワカくウきしアブラのゴトくして、クラゲなすタダヨへるトキ、
アシカビのゴトくモえアガるモノによりてナれるカミのナは、

ウマシアシカビヒコジノカミ。つぎにアメノトコタチノカミ。
このフタハシラのカミもまた、ヒトりカミとナりまして、カクリミナリ。

カミのクダリのイツハシラのカミは、コトアマツカミ。

 

造化三神に続いて成れる二神も、隠身の神であるから、合わせて五柱の神は、特別の天つ神であり、物質以前の電気電力、磁気磁力を司る神にして、引力、エネルギー、霊気等の神と理解されるのである。


次に成れる神の名は、国之常立神。次に豊雲野神。
この二柱の神もまた、独り神と成りまして、隠身成。
 
 
つぎにナれるカミのナは、クニノトコタチノカミ。つぎにトヨクモヌノカミ。
このフタハシラのカミもまた、ヒトりカミとナりまして、カクリミナリ

 

この二柱の神は、国すなわち物質の根元の神であるから、元素の神、そして国之常立神は原子核、豊雲野神は、陰電子の神に相当するのである。


次に成れる神の名は宇比地邇神、次に妹須比智邇神。
次に角杙神、次に妹活杙神。二柱。

次に意富斗能地神。次に妹大斗乃辨神。次に於母陀流神、次に妹阿夜詞志古泥神。

次に伊邪那岐神。次に妹伊邪那美神。

上の件の国之常立神以下、伊邪那美神以前を、併せて神世七代と称う。

上の二柱の独神は各一代、次にならべる十神は各二神を合わせて一代と云ふ。

 
つぎにナれるカミのナはウヒジニノカミ、つぎにイモスヒジニノカミ。
つぎにツノグイノカミ、つぎにイモイクグイノカミ。フタハシラ。

つぎにオホトノヂノカミ、つぎにイモオホトノベノカミ。つぎにオモタルノカミ、つぎにイモアヤカシコネノカミ。

つぎにイザナギノカミ、つぎにイモイザナミノカミ。

カミのクダリのクニノトコタチノカミヨリシモ、イザナミノカミヨリサキを、アワせてカミヨナナヨとイう


国之常立神を原子核の神、豊雲野神を陰電子の神と理解すれば、次の五代十柱の神々は、物質進化の神にあたり、精体、気体、液体、固体と進化し、最後の伊邪那岐、妹伊邪那美の二神は、それら各々の物体に、生命を分与する神と理解できるのである。
したがって日本国家発生の祖神、俗に天神七代地神五代と称せられる神々にも関係あるが、それはずっと後世の事であり、宇宙創成史からすれば、当然に原子宇宙。それが進化して、天体宇宙に該当するのである。もちろん神世は時間空間を通じての実在であり、永遠の過去から、永遠の未来に通じての、大自然現象。その中心霊を神と認識するのが、飯縄神法の教える古事記の神道と理解するのである。
無限の絶対真空たりし高天原、そしてその極微の原子から、その離合集散する物質は、すべて別天つ神の霊力の発現たる、引力、電力、光、熱等の作用を受けて、生成され成立しているのである。
それ故それ等の神々を、独り神と成ると説き、ひとりでに自ずから成った大自然と解明されている。
そして物体として最大の天体も成立する結果となった。それを天文学者は、恐らく四十五億年前だったろうと推理している。
古事記ではどのように伝えているのであろうか。




幻の法術 飯縄の法

その 一

飯縄の法、とは知る人ぞ知るで、一般には知られていない。
飯縄の地名は、長野オリンピック大会で、史上初の冬季日本女子金メダリストが誕生したことで記憶に新しいことと思われます。
飯縄山が、幻の法術として有名な、「飯縄の法」の発祥地たることも、あまり知られてもいないし飯縄の法などには、誰も関心がないようでもある。
幻の法術と言われる飯縄の法とは、いかなる霊術か妖術か。はたまた愚民を惑わした迷信か、それとも戸隠修験道の奥義口伝たりし神法だったのか。
それらを説明する前に、次の記事を紹介させてもらうことにする。

 「飯縄山は鎌倉時代から、飯縄使いの山としてしられ、徳川時代末期まで、小菅山(飯山市瑞穂)戸隠山とともに信州三大修験道場であった。行者は飯縄山に集まり、蕎麦粉三升を持参して山にこもり、岩に座して二十一日の行を行ったと言う。飯縄山頂には永久に涸れることのない伊毛井ノ池と神の井戸があって、この水で蕎麦粉をかいて食べたのである。
飯縄山は飯縄大明神と称し、天皇足穂命(保食神){スメタルホノミコト(ウケモチノカミ)}が降臨したところとして、山全体があがめまつられていたが、平安時代の末期(1233年)、水内群萩野城主、伊藤兵部太夫忠縄が、飯縄山頂に飯縄大権現を祀り、館をかまえて籠もり、修行してついに術をあみだし、その術の神通力をもって二百歳近くまでいきたと言う。その子次郎太夫盛縄も当山に入り修行して術を受け継ぎ、千日太夫と名乗り、妖術「飯縄法」の始祖となった。以後、その子孫が
千日太夫を世襲して、この妖術を世にひろめた。
飯縄法とは、管狐(くだぎつね)という小動物を飯縄山から得て、長さ一尺ほどの管に入れて養い、常に懐中にして、術をおこなうのにこの小動物の霊能をもちいたという。伝説ではこの管狐なるものは著しく霊能を有し、変幻出没自在で予言もし、人になつき、飼い主には非常な利益を図るものと信じられていたので、飯縄法の術者は常に細い竹管をさげ、あたかも管狐を使っているのだと世人を恐れさせていたと言う見方もある。
ともあれ、武将の間ではすぐれた妖術として知られ、戦術にも飯縄法が用いられ、武田、上杉も飯縄法を用いたといわれる。上杉謙信は飯縄大権現をカブトの前立にまつって、戦場を駆けめぐったともいわれる。また、後には仁科太郎坊知観、次郎坊順観が現れ、次郎坊は信州トッパ次郎坊として、石川五右衛門と同時期に、妖術使いとして天下に名をはせたという」。

以上が実業之日本社発行の、ブルーガイドブック50、妙高、野尻湖、戸隠に記載されてる、「飯縄山の修験道」の一部であり、俗説の飯縄の説明の大体の要点を満たしていると思われるので、敢えて取り上げてみた。
しかし、注意してみると、虚実混淆の案内記あり、本当らしいウソとウソらしい本当の混同である。
飯縄山頂には永久に涸れることのない伊毛井ノ池と、神の井戸があって、とは不合理である。永久に涸れないとは何を持っての断定か、これは永久に涸れないと言い伝えられる、神の井戸のことと思えるが。
さて、飯縄についての俗説は古くからあり、文徳実録、今昔物語、宇治拾遺物語、古今著聞集を筆頭として倭訓栞、塩尻、霊獣雑記、嬉遊笑覧、嘉良喜随筆、稲荷神社考、戸隠寺縁起、等々の古文献にしるされている。したがって井上円了の妖怪学、吉田東吾の大日本地名辞書、平凡社発行の大辞典、大百科事典、神道大辞典のそれぞれに、また中山太郎の民族学辞典、日置昌一のものしり辞典等に、大体狐つかいの妖術として採りあげてあるが、管狐などという、そんな不思議な動物が実在するとは考えられない。
これらとは全全別の見方をしたものをご紹介しよう。
作家であり、文学博士でもある、幸田露伴が、昭和三年四月、雑誌「改造」において、「魔法修行者」を発表しその中で、

 「日本の神仙道で、丹道に最も近いのは、飯縄の法であろう。面白いことは日本の妖術幻術は、支那や印度などから一系統として伝わったものではなく、日本で生まれたものである。もちろん伝来の仏教や道教が多少混淆しているが、げはふ、狐つかい、飯縄の法、茶吉尼の法、口寄せ、識神をつかうなどの、支那流の妖術や印度の妖術とのつらなりは薄く、むしろ神通道力に近いものである。そして日本でその本統格を成しているのが飯縄の法である」と言っているのである。

その辺のところを、雪の博士中谷宇吉郎がまた、随筆「日本の心」で、露伴先生と神仙道で紹介されこれは立派な研究論文であるが、此の論文には露伴先生の心のはずみが感ぜられる。もちろん私に感ぜられるだけであって、主張するわけではないと、学者らしく付け加えてもいる。そしてこの飯縄の法は、足利の末期から応仁の乱の時代にかけて大いに流行したものらしく、その頃の歴史上の人物の中にも、飯縄の法を修した人が二、三ある。その一人は、応仁の乱の一方の旗頭、細川勝元の子政元であるとつたえている。
 『政元は乱世に処して二度も京都管領になり、足利将軍の廃立をしたり、諸方に戦ったりした人であるが、日常は最粛な飯綱修行者の生活をなし、種種の不思議を現した。「京都管領細川右京太夫政元は、四十歳の頃まで女人禁制にて、魔法飯縄の法、愛宕の法を行い、さながら出家の如く、山伏の如し、或時は経を読み、陀羅尼をへんしければ、見る人身の毛もよだちける。」という生活であったというが、一族の争いのために、四十二才で不慮の死を遂げた。魔法がどの程度まで修熟していたのかもわからない。
ところが政元の後に、もっと面白い、そして立派な人で飯縄の法を修した人がある。それは名高い関白兼実の後の九條植通玖山公といはれた人である。植通は、関白、内大臣、藤原氏の氏の長者従一位という長者であるが、こういう人が魔法の修行者であり、天文から文禄へかけての乱世に、何の不幸にも逢わず、無事に九十才の長寿をえて、眼出度く終わった点が面白い』と紹介している。

露伴の「魔法修行者」には、飯綱の語源たる飯綱山は、食べられる砂のある飯砂山であり、後に飯縄山となり、飯綱山とも書かれたこと、また飯縄の法の元祖のこと、飯縄大明神や将軍地蔵のことそれから上杉謙信や武田信玄と飯縄との出逢いなども記されているといはれる。


その 二

飯縄権現とか飯縄大明神とか呼ばれる神像は、白狐に乗った不動尊であり、その顔面はカラス天狗になっている。しかし、お姿は飯縄さんの特許ではなく、遠州の秋葉さん、小田原の道了さんもまた、まったく同じであり、上杉謙信がその兜の前立ちにつけたのも、その姿である。
ところが飯縄曼陀羅にはそれがなく、行法次第にも雨宝童子が本尊であり、その化身として勝軍地蔵の名も明記されている。勝軍地蔵尊は、身に甲冑を着け白馬に跨った鎌倉武士を思わせる勇姿でありこの像はまた愛宕権現として武人に親しまれてた。また信州戸隠の前宮宝光院の本尊としても有名である
雨宝童子は、その昔伊勢皇大神宮の本地仏として、朝熊山の金剛証寺に祀られ、頭に五輪塔を戴き左掌に宝珠、そして右手は金剛棒を杖にしたお姿であり、共に日本固有の仏であり、いわゆる神仏混交時代の産物であることは明らかである。

また飯縄の法は、印度伝来の茶吉尼天法とも誤解されているが、茶吉尼天なら稲荷であり、その証拠に豊川稲荷で有名な三河の妙厳寺では、豊川陀吉尼真天と公称している。しかしその真天はシンテンでなく魔天のカモフラージュである事を知る者は少なく、現世利益を願う善男善女で年中賑わってる。
神仏混交は好ましい事ではないが、日本の伝統に随って神仏併存が自然と考えている。生まれた時には宮参り、結婚式も神前で、(今はキリスト教会が流行か)そして葬儀となれば仏式が多い。テレビでお寺からの除夜の鐘を聞いて、続いて神社に初詣をする。神社の夏祭りのあと、仏式のお盆行事をして別にあやしむ者もない。
これが日本の風習であり、日本人の信仰である。それを敢えて宗教心が足りぬとか、政教分離の憲法違反だと騒ぐ必要はない。
しかし、そんな自由国日本でもガラス張り、とは参らぬこともある。国家にも団体にも、また個人にも秘密は存在せねばならぬし、守らねばならない。秘密を強調する宗教と言えば真言密教があり、神秘体験を行法により修得するのである。

飯縄の法は神法であり、密教であり、しかも顕幽一貫の神通修行法である。
近代的心霊研究は、科学的に超能力、霊能力を確認し、霊媒能力のメカニズムも、ある程度まで解明した。
飯縄の神法は、日本最古の、天武天皇勅撰の古事記を真釈せしめ、古事記こそ、宇宙の根本真理書、文字通りの神典なのである。

既成宗教にせよ、殊更に新興宗教では、教祖の伝記にはフィクションが多く、どこまで信用できるか疑問である。常識ではとても信じられないことを信じさせるのが宗教である。神を信ずるなんて愚かなことに違いないが、愚かと言って信じない人より信じている人の方が、精神的安定を得ているのではないだろうか。それが信仰である。信仰と迷信は紙一重、信仰は証拠以上とも言われる。

飯縄の法は、迷信ではない。俗信でもない。科学的にも哲学的にも容認できるし、萬教萬学を超越し、そして包摂の神法たることを確信断言するものである。生命あるものには、進化もあり退化もある。
そして宇宙そのものが生命体であり、その活動をしている。当然科学にも宗教にも生命がある、宇宙生命を認識し、そして宇宙生活に順応せんとするのが、神ながらの法術、飯縄神法である。


(以上 古事記→飯縄神法に依り解明された古事記真釈 より)







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お薦めします。ゲルマニウム温浴、ラジウム温泉、岩盤浴などが一度に楽しめちゃうから。日本全国の温浴施設でご使用いただいている機能性天然鉱石とラジウム温浴セラミックスを贅沢にブレンドしてあります。赤外線効果やマイナスイオン効果もたっぷりです。